“ちがい”を豊かさに~共に生きる社会をつくるために~講演録7 | JIN's QUEST

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“ちがい”を豊かさに~共に生きる社会をつくるために~講演録7

   


違いをプラスにしていく、違いを社会の豊かさにしていく、これだけ言うと非常に聞こえのいい言葉ですが、実はそこでも乗り越えなければいけないことがたくさんあります。

これまで人権研修というと、どうしてもこういう差別事象がありました、こんな言葉使いはやめましょうといった表面的な事象についての研修が多かったかもしれませんが、根本的なところが変わらなければいつまで経っても同じような事が出て来てしまいます。

たとえば、今は町中に差別落書きをするようなことは少なくなってきたかもしれません。しかし、ネット上では誹謗中傷も絶えませんし、本当にひどいホームページがあります。ですから根本的なところを変えていかない限りはなくなっていかないと思います。この、違いを社会の豊かさにしていくということもそこを考えていかないといけないと思っています。そういう意味で、次に、人間の行動のメカニズムを見ていきたいと思います。

人間は生まれてからいろいろな体験をし、五感からいろいろな情報をインプットしていきます。最初は脳内の海馬などの短期ファイルに入り、次にそれを自分の脳内のデータベースに長期保存、長期記憶していく、または潜在意識の中に封じ込んでいくのです。そして、そのデータベースを基にしてその後の行動を決めていきます。

ですから最初にインプットされる情報は、よい悪いはなく、単なる情報です。しかしそのときに周囲の人たちがどのように反応するのか、自分がどのように感じたかによって、いろいろな感情が結び付いていきます。

それを後から検索していくのですけれども、普段からやっていることは無意識のうちに行動することがあります。これは条件反射的行動です。大人になると8割、9割が条件反射的行動だと言われています。特に深く考えずにサッと行動してしまう。普段あまりなじみのないような現象が起きると、その体験データベースを基にして、全く同じことでなくても、「これはこういうことかもしれない」と解釈をしてその行動を判断します。

その判断基準もごく単純に言えば、痛みを避けるか、快感を求めるかのどちらかになります。そしてここから行動の選択をするわけですが、これも大きく分ければポジティブな選択かネガティブな選択かの2つに1つになります。

例えば、皆さんは頭痛があるときにどうしますか。ポジティブに頭痛を治すにはどうしたらいいでしょうか。そうですね、頭痛の原因は何だろうと考えて、普段から体調を整えていくようにする、健康になるようにしていくというのがポジティブな選択といえるでしょう。

その一方で、痛み止めを飲むというのは、ポジティブに痛みを治しているようで、長期的に見ると根本的な改善にはなっていませんよね。それどころか、副作用などもあるかもしれません。

つまり、視点を変えれば実はネガティブな選択です。しかし、それまでに刷り込まれた判断基準に基づいてそれをポジティブな選択だと勘違いして行動してしまうこともあるわけです。

今度は、快感について考えてみます。快感を求めるのだからすべてポジティブな行動のように思えるかもしれませんが、たとえば「積み木を積み上げて、どのチームが1番になるかを競争する」という場面を考えてみてください。

どのようにしたら1番になれるでしょうか。「バランスよく崩れないように積み立てていく」。これはポジティブな選択です。ネガティブな選択としては、他のチームのものを壊すという方法がありますね。これは快感を得るために他者を貶めるというネガティブな選択をするということです。

実は人間は無意識のうちにそのようなことをしています。例えば職場で同僚のミスを他の人にちょっと言ったりするのは、自分が優位に立ちたいという、どこかそういう深層心理が潜んでいるのではないでしょうか。そういうことが人間の行動に表れてきます。

次に、その選択に基づいて実際に行動するわけですが、その行動がまた体験となって再びインプットされていきます。ですから最初の体験というものが非常に大きな意味を持つわけですが、たいていの場合最初の体験は幼少期にあり、ほとんどの人は自分の潜在意識のプログラムを形成することになる最初の体験について覚えていません。ですから、なぜ自分がその選択をするのか、根本的なことに気づくことなく行動しています。

また、動物と人間の違うところは、人間は他者の行動を参照することができるということです。これが人間にとても大きな影響を与えています。特に小さいうちは、親きょうだいや一緒に住んでいる大人、学校や幼稚園の先生、友だちなど、いろいろな人からいろいろなことを言われて、この社会の中で生きていくための術をいっぱい刷り込まれていきます。

その時の体験はほとんど記憶の奥底にしまわれてしまうのですが、その時のルールは残っています。それはある意味社会的な刷り込みです。この社会の中でこれが当たり前ということが、刷り込まれていくのです。そういったことが潜在意識のプログラムになってほとんどの人は動いています。ですからそこに気付かない限り、表面的なことを変えても根本的には改善していきません。

その潜在意識のプログラムが思い込みになって、差別や人権侵害を生むメカニズムになっています。

ある人権研修で、企業の事例報告をしに九州から来た人が話してくれました。九州のある地域では部落差別が非常にひどい時代がありました。その方も小さい頃、おばあちゃんから「部落の子とは絶対に遊んではいけないよ」と言われて育ったそうです。ですから、被差別部落の子どもをいじめたこともあったと言われていました。

ところが、大人になってその人が勤めた会社が、部落地名総監を買ったために問題になったそうです。企業が就職採用をするにあたり、被差別部落の地名が書かれた図書を買ってそこの出身者は採用しないという事件がありましたが、その会社も部落地名総監を買っていたということが発覚し、その対策のために人権研修をすることになったのですが、彼はたまたまその研修担当になったそうです。彼は正直なところ嫌だなと思ったのですが、担当になっていろいろと学んでいくうちに部落差別というものは根拠のないことだと分かったそうです。

しかし、それなのにも関わらず、初めて同和地区出身者との懇話会に行くときに、会場の前で足が震えたと言っていました。それくらい、小さいころの体験は潜在意識の中に刷込まれてしまうのです。

そのような思い込みは偏見につながっていきます。その偏見をそのままにしていると、条件反射的に差別行動が起きてきます。今ヘイトスピーチをしている人たちも深く考えずに、全く根拠のないことを真に受けて差別行動を行っているのです。

さらには自分を守るために他者を攻撃する場合もあります。例えばいじめが悪いということは分かっていても、「やめろよ」と言うと自分が攻撃されてしまうから、攻撃する側に回ったり、傍観したりしてしまう。

また、先ほどの積み木の例ですが、自分の利益を確保するために他者をおとしめるというようなことも起きてきます。こういうことが、いじめ・排除・差別につながっていきますし、人権侵害になっていくわけです。さらに怖いのはこの行動がまた体験となって再びインプットされることです。

人間というのは自分の行動を肯定化しますから、そこであえて自分が意識して、客観的に見て改めていかない限りまた繰り返してしまうのです。ですから人権侵害が繰り返されることになりますし、さらにメディアや社会的影響力の強い者によって肯定されると、これがまた大きな社会的刷り込みになっていきます。

(講演録8につづきます)


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